あなたとアートをつなぐ、名古屋の画廊 松徳

児玉希望(こだまきぼう)

児玉希望は、1898(明治31)75日に広島県高田郡来島村(現・広島県安芸高田市)に生まれた日本画家である。本名は省三。

若くして上京、当初は画家を志してはいなかったが幼少の頃から絵を描くのが好きであり、1918(大正7)に川合玉堂の門下に入る。わずか3年後に「夏の山」を帝展初出品、初入選し、1928(昭和3)には帝展にて「盛秋」が特選を受賞。1930(昭和5)にも「暮春」が帝展特選となり、帝展・日展・文展を中心に活動し官展を代表する画家となる。

師である玉堂から水墨画の手法を継承し、他にも南画、漢籍、大和絵など幅広い日本画の伝統技法を習得しながらも、そこへ独自の近代的な色彩感覚を組み入れながら、多岐に渡る画題を描き続け、その描写力・表現力は高く評価された。その評価に驕る事なく、終戦後に約1ヶ月ほど滞在したヨーロッパ各地の風景を山水画で描き出す(代表作:「フランス山水絵巻」)など、常に新しい手法への探究心を持ち続けていた。

1953(昭和28)に「室内」が日本芸術院賞を受賞、後に日本芸術院会員、日展評議員、日展常任理事を歴任。戦時中には美術及工芸統制協会の理事長を務め、日本画壇への貢献度を認められ1970(昭和45)に勲三等旭日中綬章を受章。

1971(昭和46)52日、脳血栓のため逝去。72歳であった。